海外旅行記-イスラエル|イスラエルに入国(エルサレム地図)
面 積 2.2万km2(日本の四国程度)
人 口 約705万人(2006年 イスラエル中央統計局)
首 都 エルサレム
民 族 ユダヤ人(約76%)、アラブ人その他(約24%)(2006年)
言 語 ヘブライ語、アラビア語
宗 教 ユダヤ教(76.8%)、イスラム教(15.5%)、キリスト教(1.7%)、ドルーズ(1.6%)
通 貨 シェケル
イスラエルへ入国する
1993年9月13日 トルコの田舎町のホテルで、私はテレビのニュースを観ながら寛いでいた。
って・・て、あれ!あれあれあれ・・・?
テレビには、アラファトPLO議長とラビン・イスラエル首相(当時)が、そしてその間にはクリントン大統領(当時)がおり、3人でニコニコして手を繋いでいるではないか・・・
ニュースはトルコ語なので、内容がよくわからない。
だけで、この当時、絶対ありえない3ショットだ!
後で知ったのだが、所謂「オスロ合意」であった。
公式には「暫定自治原則合意 Declaration of Principles」
イスラエルとPLOの相互承認の交換書簡と、イスラエルが占領する地域に5年間のパレスチナ暫定自治期間を設け、その間に最終的な返還条件を決める交渉を行なうという内容だ。
私はトルコを出国してから、ギリシャ、キプロスを経由して海路でイスラエルに行く予定を立てていたのだが、このニュース(この時点で ないが起こっているのか把握できておらず)を観て、とても不安になってしまった。
「イスラエル市民、あるいはパレスチナ市民の暴動が起きないものだろうか?」という不安である。
10月7日、私はイスラエルのハイファから入国した。
※1995.11.4 ラビン首相 極右のユダヤ人青年に暗殺される
※2004.11.11 アラファト議長 入院先のフランス(パリ)で死去

