海外旅行記-タイ(バンコク)
面 積 51万3115km2
人 口 5680万人('90)
首 都 バンコック
民 族 タイ人(80%)/中国人(12%)/マレー人(4%)
言 語 タイ語
宗 教 仏教徒(94%)/イスラム教(4%)
通 貨 バーツ
タイ大使館
タイは微笑みの国か?
チャイナタウンにジュライホテルがある。1993年に行った時は、確かにあった。私の世界一周旅行はこのホテルから始まったのだから…・。
しかし、あとから知ったのだが1995年10月に閉鎖になったらしい。 (※その再開されたとの情報もあり)
8割以上が日本人旅行者で占めるこのホテルは、楽宮ホテルと共にバックパッカーにとって,あまりにも有名な所だ。 バンコク楽宮ホテル バンコク楽宮ホテル残照
日本のバックパッカー達は通常、日本からバンコクまでの往復チケットを買う。バンコクに行けば自分の行きたい国への格安チケットが手に入り易いからだ。
だからバンコクは、これから長い旅に出る者と長旅で疲れてこれから日本に帰る人達の交差点になっている。 よってチャイナタウンのジュライホテルや楽宮ホテル、カオサン通りの安宿は旅の情報交換の場所になり多くの若者達の溜まり場になっている。
私は日本の会社をやめたばかりで、しばらくバンコクでくつろぐつもりでいた。 バブルの東京で後ろを振り向くことさえ許されなかった生活から解放されたばかりの私は、 毎日のように昼まっからビールを呷ってだらだらとした生活を送ってた。
例のごとく昼間っからビールを飲んでると、一人の若者が話掛けてきた。
「ここら辺に、ガンジャ手に入る所、知りませんか?」
聞く所によると彼は、アフリカを旅し陸路でバンコクまでやって来たらしい。バンコクは初めてだと言う。
「いやぁーー、バンコクの女性はいいですね~。感動もんですよー。とにかく綺麗だ。」
私は正直な所、団子っ鼻で下唇の厚いタイ人をお世辞にも綺麗だとは思っていなかった。
「だってバンコクに着くまでイランやインドを通って来た訳でしょう。アーリア系の人に比べると、タイ人はあんまり…・・。」
と何回かインドに行って,インド女性の美しさに魅了してる私にとっては不服である。
「いやぁー笑顔がいいんですよ、笑顔が。アーリア系はマネキンを見ているみたいであまり好きになれないなぁー。」
「そうかなぁーーブツブツ・・・」
私は、あまり同感できず素っ気ない返事しか出来なかった。彼も白けた感じで、その場を立ち去った。
しかし、彼の言いたい事を理解したのは数ヶ月後のインドでのことであった。 私はインドのマナリーに数日間いたが、ちょうど高熱を出しホテルで寝込んでいた。 それでなくても数ヶ月のインド滞在でインド人のアクの強さ(もちろん性格と顔)で精神的にもだいぶ疲れていた。
マナリーという町は、嘗てダライラマと一緒にチベットから出国して来たチベタン達が沢山おりチベタン食堂がいくつもある。 なかでもツックパという食べ物はラーメンと似ていて,インド食に疲れた日本人にはなんともありがたい食べ物である。
私もよく食べに行ったが、一番の目的はそこで働くチベタンの2人の女性だった。彼女らは決して美人と言う訳でもない。 しかし、誰にでも微笑み掛ける笑顔はなんとも美しいのである。私は疲れた心を癒しに昼と夜は彼女らの店で食事をとる事にしてた。
ともあれ、私は彼女達の笑顔によって鋭気を取り戻せたのである。タイのジュライホテルで会った若者の言葉を思い出したのも この時であった。
笑顔の似合う女性は、どんな美形より美しいのである。
結論を言う。タイはやはり"微笑みの国"であった。
おまけの感想 世界的に有名な美女出身国は,インド美人・ペルシャ美人・エチオピア・フランス・ルーマニア・アルメニア・日本と言われている。 アルメニアの美女はペルシャ時代、当時の王が大量に奴隷として連れて来ている。 この時一緒に絨毯の技術が伝わる。ペルシャ絨毯が有名なのは、正にアルメニア人のおかげである。 それじゃー日本の女性の笑顔は? 確かにアジア系の女性は、欧米人よりも表情があると思う。先ほどの文章に書いたチベタンもモンゴル系で、日本人の顔とそっくりである。しかし、日本人の表情と明らかに違うのははっきりと感じた。日本人の笑顔がどことなく欧米人の笑顔に似ているのである。これは私が旅をするようになって、初めて感じた事である。そしてアジアを歩く度に「いつから日本人の笑顔が、変わってきたのだろう。」と思うのである。

